社記によれば垂仁天皇の御代の創建と伝わる古社。天武天皇元年(672年)の壬申の乱に際し、天皇が迹太川のほとりで御幣(シデ)を垂らして天照大神を遥拝・禊を行ったことが社号「志氐」の由来とされる。延長5年(927年)の延喜式神名帳に「志氐神社」として記載され、式内社に列した。明治6年(1873年)に郷社、昭和6年(1931年)に県社へ昇格した。境内の志氐神社古墳は四世紀築造の前方後円墳で、嘉永5年(1852年)の発掘により内行花文鏡・車輪石・勾玉などが出土し、これらは市指定有形文化財、古墳自体は市指定史跡となっている。江戸後期の陶製狛犬も市指定文化財である。