聖地マップ
みんなの投稿
記録
マイページ
‹
静岡県
Toku
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
国清寺
静岡県
北条早雲が深く崇敬した韮山の禅刹、中世禅宗様式の諸堂が今に残る名刹
創建
1362 年
種別
寺院
参拝済
行きたい
アクセス
伊豆箱根鉄道大仁駅から徒歩20分
静岡県伊豆の国市奈古谷1240-1
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1362年
664年目
御祭神・御本尊
釈迦如来
→
宗派
臨済宗
→
概要
貞治元年(1362年)、足利氏の重臣・細川頼之が創建した臨済宗の古刹で、韮山の静かな山麓に位置する。北条早雲(伊勢宗瑞)が伊豆を掌握した後、この寺を深く崇敬し整備・保護した。早雲にとって韮山を本拠とした伊豆支配の精神的基盤ともなった寺院であり、後北条氏との縁が深い。境内には禅宗様式の諸堂が立ち並び、中世の禅刹の雰囲気を今に伝える。伊豆の国市の歴史散策コースの一つとして願成就院・江川邸と合わせて訪れる人が多い。
由緒
貞治元年(1362年)、室町幕府の管領・細川頼之が足利氏の外護を受けて創建した臨済宗の寺院。韮山の山麓の地に禅刹として開かれ、中世を通じて地域の信仰を集めた。15世紀末、伊豆に進出した北条早雲(伊勢宗瑞)は当寺を深く崇敬し、伽藍の整備・保護に努めたとされる。韮山を本拠とした早雲にとって、国清寺は伊豆支配の精神的よりどころとなり、以降も後北条氏との深い結びつきが続いた。江戸時代には幕府の保護のもと法灯を維持し、禅宗寺院としての格式を保った。近代以降は廃仏毀釈の影響を受けたとされるものの、境内の諸堂は修復・保全が重ねられ、現在も禅宗様式の中世的景観を伝えている。伊豆の国市を代表する歴史的寺院として…
もっと読む
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
記
関連記事
— 3
江
江川邸で感じる韮山の重なる時間——鎌倉から幕末まで歩く伊豆の国一日参拝ガイド
日本最古の民家建築の一つ・江川邸は、幕末の開明代官・江川英龍が日本初のパンを焼き、韮山反射炉を建設した歴史の館。北条時政の本拠・韮山に立つこの館と願成就院・国清寺を巡る、鎌倉〜幕末の重なりを楽しむ伊豆の国一日コースを提案します。
manners
›
梶
梶原山公園と梶原景時の最期——正治二年(1200年)に駿河国で滅んだ頼朝の懐刀
正治二年(1200年)正月、鎌倉を追放された梶原景時一族が駿河国梶原山で滅んだ。「鎌倉殿の十三人」の一員として頼朝に重用された景時が、頼朝没後の権力闘争に敗れた経緯を史料から読み解く。
era
›
運
運慶の国宝が宿る聖地―願成就院と北条氏の祈り
北条時政が1189年に創建した真言宗の古刹・願成就院。仏師・運慶作の国宝5体が今も静かに佇むこの堂内に、静寂に身を置くと、鎌倉時代の祈りの深さが伝わってきます。
architecture
›
人
ゆかりの人物
— 1
北
北条早雲
後北条氏の祖・伊勢新九郎盛時
›
北条早雲は伊豆を掌握した後、この国清寺を深く崇敬し、寺の整備・保護に努めた。韮山を本拠とした早雲にとって国清寺は精神的な拠り所であり、後北条氏の伊豆支配の正当性を宗教的に裏付ける存在であった。
みんなの投稿
0
+
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
あわせて巡りたい
國
國清寺
伊豆の国市にある臨済宗円覚寺派の寺院
95m
→
高
高岩院
伊豆の国市にある臨済宗円覚寺派の寺院
82m
→
徳
徳隣院
伊豆の国市にある臨済宗円覚寺派の寺院
298m
→
龍
龍泉院
伊豆の国市にある臨済宗円覚寺派の寺院
556m
→
眞
眞珠院(八重姫御堂)
頼朝の初恋の人・八重姫が深い悲しみの末に入水したとされる伝説の地
1.2km
→
正
正夢観音
伊豆の国市にある寺院
965m
→
慈
慈光院
伊豆の国市にある曹洞宗の寺院
1.2km
→
蓮
蓮華寺
伊豆の国市にある日蓮宗の寺院
1.4km
→
記
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
›
事実と違う内容を報告
›
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
アプリで見る
+
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る
✕