応永12年(1405年)、斯波義重によって築城され、尾張守護の本拠地として機能した。室町時代を通じて斯波氏の支配下に置かれたが、やがて守護代・織田氏が台頭し、実権が移行していった。天文年間(1532〜1555年)ごろには織田信長の父・信秀も清洲に関与し、のちに信長が拠点とするに至る。永禄3年(1560年)、信長はこの城を本拠に桶狭間の戦いへ出陣し、今川義元を破る歴史的勝利を収めた。永禄10年(1567年)、信長が岐阜城へ本拠を移すまでの約12年間、清洲城は尾張統一の中心地であった。天正10年(1582年)、本能寺の変の翌月、羽柴秀吉・柴田勝家ら重臣が後継者と領地配分を協議した「清洲会議」がここ…