天正10年(1582年)3月、織田信長の甲斐侵攻によって追い詰められた武田勝頼は、重臣たちの離反が相次ぐ中、甲斐国田野の地(天目山栖雲寺付近)にて夫人・嫡男信勝らとともに自刃し、戦国大名としての武田氏は滅亡した。同年、豊臣秀吉による天下統一を経て、江戸時代初期に徳川家康が武田氏ゆかりの人々の菩提を弔う目的でこの自刃の地に寺を建立し、「景徳院」と命名したと伝わる。境内には勝頼・夫人・信勝の三基の墓が設けられ、曹洞宗の寺院として歴史的な法要が続けられてきた。明治以降も寺は維持され、近代においては国の史跡として指定を受け、武田氏滅亡の歴史を伝える重要な文化財として保護されている。現在も境内に残る墓碑…