亀山市関町坂下の鈴鹿峠(国道1号線)付近に鎮座する式内社。延喜式神名帳(927年)に伊勢国鈴鹿郡の式内小社として記載され、古代三関の一つ「鈴鹿関」の地を守護した霊社として知られる。祭神は大和姫命・瀬織津姫命・気吹戸主神をはじめ坂上田村麻呂を含む九柱。かつては神御子山(みこやま)の三峰に各一柱ずつを奉斎していたが、たびたびの火災により永仁2年(1294年)に現在地の坂下宿に遷座し、駅路の鎮守となった。斎王(伊勢の斎宮に仕えた皇女)が伊勢神宮参向の折に鈴鹿川で禊を行う「鈴鹿御禊」の地ともされ、皇室との縁も深い。坂上田村麻呂が弓矢を奉納した場所との伝承も残り、「田村明神」の別名でも親しまれた。