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観音寺(綾瀬・稲荷山蓮華院)
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観音寺(綾瀬・稲荷山蓮華院)
東京都
慶応4年(1868年)近藤勇・土方歳三率いる新選組が屯所を構えた寺—20日間の雌伏を経て流山・函館へと散った最後の拠点
創建
1600
種別
寺院
アクセス
JR・東京メトロ綾瀬駅西口から徒歩2分
東京都足立区綾瀬4-9-6
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基本情報
寺院
創建 1600
426年目
御祭神・御本尊
十一面観世音菩薩
宗派
真言宗豊山派
概要
東京都足立区綾瀬に所在する真言宗豊山派の寺院。山号は稲荷山、院号は蓮華院、本尊は十一面観世音菩薩。江戸時代初期、五兵衛新田(現在の綾瀬北部一帯)の開拓者・金子五兵衛を開基として創建された。以後、金子家をはじめとする五兵衛新田の村人たちの菩提寺として機能してきた。新選組との深いゆかりで全国的に知られる寺院で、慶応4年(1868年)3月13日から4月1日の約20日間、近藤勇・土方歳三率いる新選組の一隊がここ五兵衛新田に屯所を構え、観音寺は彼らの拠点の一つとなった。鳥羽・伏見の戦いで敗走し甲州勝沼でも敗れた新選組は、名主・金子健十郎宅と観音寺等に分散して軍勢を再編成、3月15日には100名、4月1日には227名まで膨れ上がった。やがて一隊は流山へ移動し、近藤勇は流山で投降・板橋で斬首、土方は宇都宮・会津・函館へと北上する。観音寺はその「最後の雌伏の地」として新選組ファンの巡礼地となっている。綾瀬…
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由緒
江戸時代初期、五兵衛新田(現・綾瀬北部)の開拓者・金子五兵衛が開基となり創建された。以後、金子家と五兵衛新田村民の菩提寺として続く。慶応4年(1868年)3月13日から4月1日まで、鳥羽・伏見の戦い・甲州勝沼の戦いに敗れた新選組の一隊が近藤勇・土方歳三らに率いられ五兵衛新田へ入り、名主・金子健十郎宅と当寺等に屯所を設置して軍勢を再編成。3月15日には100名、4月1日には227名まで膨れ上がった後、流山へ転進した。近藤は流山で投降、土方は宇都宮・会津を経て函館へ北上する前夜の地である。
ご利益
健康長寿・病気平癒
縁結び
安産・子授け
厄除け・災難除け
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「十一面観世音菩薩」のご神徳に由来
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