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山形県
Toku
上山城
山形県
天文4年(1535年)に武衛義忠が築城した出羽国の山城で、「羽州の名城」と称された
創建
1535 年
種別
城
参拝済
行きたい
アクセス
JRかみのやま温泉駅から徒歩約12分
山形県上山市元城内3-7
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基本情報
城
創建 1535年
491年目
概要
天文4年(1535年)に武衛義忠が築城した出羽国の山城で、「羽州の名城」と称された。江戸時代には上山藩の藩庁として機能したが、幕府の命により元禄5年(1692年)に破却。昭和57年(1982年)に郷土資料館として天守が再建された。蔵王連峰を望む景勝地に建ち、周辺の城下町には上山温泉の湯治場も広がる。春の桜の名所として市民に親しまれ、館内では上山藩の歴史や羽州街道の往時を紹介する資料を展示。山形を代表する復元天守の名城として観光客を集めている。
由緒
築城後は武衛義忠の子・義節、次いで上山満兼と城主が続き最上氏の支城となったが、天正8年(1580年)、最上義光の調略に応じた重臣・里見民部が満兼を討ち、以後は最上氏の直轄下で里見氏が城主となった。江戸時代には元和8年(1622年)以降、松平重忠・蒲生忠知・土岐頼行と城主家が交代し、元禄5年(1692年)の破却直後に金森頼旹が入封、元禄10年(1697年)からは藤井松平家の松平信通が入って、以後明治維新まで上山藩を治めた。破却後も本丸西側の堀・土塁・石垣の一部が現存し、市指定史跡となっている。
人
ゆかりの人物
— 1
最上義光
出羽の梟雄
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天正8年(1580年)、最上義光は家臣・氏家守棟と谷柏直家を通じて上山城主・上山満兼の重臣・里見民部を調略。里見民部は満兼を討ち、上山城は最上氏の支配下に入った。慶長5年(1600年)の慶長出羽合戦では、里見民部が上杉方の攻撃を撃退し、義光の南方防衛の要となった。
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