文治5年(1189年)、源頼朝が奥州藤原泰衡征伐に向かう途中、当地で下馬して戦勝を祈願。奥州平定後、鎌倉・鶴岡八幡宮の若宮の御分霊を勧請して創建した由緒ある神社。祭神は仁徳天皇と応神天皇。文明年間(1469〜1487年)には太田道灌が江戸城の鎮護のため社殿を再興し、社殿の方角を江戸城に向けて配置した。当時は大社で神領も有し「美れいなりし」と記録されている。「神楽坂」の地名は当社の神楽の音が坂に響いたことに由来するとの説があり、若宮町の町名の由来でもある。江戸名所図会にも描かれた名所。境内には明和8年(1771年)奉納の狛犬が残り、明治21年に祭礼を復活させたところ、長年実をつけなかった銀杏が突然結実したとの霊験譚も伝わる。昭和20年の空襲で全焼したが、平成11年に鉄筋コンクリート造で現社殿が再建された。出世開運・子孫繁栄の御利益で知られる。