聖地マップ
みんなの投稿
記録
マイページ
‹
京都府
Toku
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
聚光院
京都府
千利休の墓と三千家の菩提寺、狩野永徳の国宝障壁画と利休設計の茶室「閑隠席」を擁する大徳寺塔頭
創建
1566 年
種別
寺院
参拝済
行きたい
アクセス
地下鉄烏丸線「北大路」駅から西へ徒歩約15分、市バス「大徳寺前」から徒歩約7分
京都府京都市北区紫野大徳寺町58
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1566年
460年目
御祭神・御本尊
釈迦如来
→
宗派
臨済宗大徳寺派
→
概要
永禄9年(1566年)に三好義継が父・三好長慶の菩提を弔うために創建した大徳寺の塔頭である。狩野永徳筆の「花鳥図」(国宝)をはじめとする桃山障壁画群は日本美術史上の至宝とされる。千利休の墓があり、三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)の菩提寺として茶道との深い縁を持つ。利休が設計したとされる茶室「閑隠席」は侘び茶の精神を体現した名席である。庭園「百積の庭」は千利休が作庭したと伝わり、茶の湯の美意識が凝縮されている。国宝障壁画は通常非公開だが、特別公開時には全国から美術ファンが殺到する。
由緒
聚光院は永禄9年(1566年)、三好義継が父・三好長慶の菩提を弔うために大徳寺の塔頭として創建した。開山には大徳寺第107世・笑嶺宗訢が迎えられたと伝わる。創建間もなく、茶人・千利休と深い縁が結ばれ、利休はその後半生にわたり当院を菩提寺と定めた。天正19年(1591年)に利休が豊臣秀吉の命により自刃すると、その墓所が当院に設けられ、以後は表千家・裏千家・武者小路千家の三千家の菩提寺として茶道界における精神的拠点となった。桃山時代には狩野永徳らによる障壁画群が制作され、「花鳥図」をはじめとする一連の作品は後に国宝に指定された。利休が設計したとされる茶室「閑隠席」や、利休作庭と伝わる「百積の庭」も…
もっと読む
巡礼コース
千利休ゆかりの地を巡る
0 / 9 スポット
→
三千家を巡る
0 / 5 スポット
→
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
記
関連記事
— 1
千
千利休と三千家——侘び茶の完成から切腹の謎までの歴史と参拝ガイド
天下一の茶匠・千利休は70年の生涯で侘び茶を完成させ、切腹後もその精神は三千家として現代に受け継がれた。堺の魚商から秀吉の茶頭へ、北野大茶湯の栄光から大徳寺山門の謎まで。大徳寺・聚光院・妙喜庵など利休ゆかりの地を巡る完全ガイド。
basics
›
人
ゆかりの人物
— 2
千利休
わび茶の大成者
創建時 44歳
›
天正19年(1591年)2月28日、豊臣秀吉の命により切腹。享年70。切腹の理由には諸説ある:①大徳寺三門(金毛閣)上層に自身の木像を安置したことが秀吉の怒りを買った説、②安い茶器を高値で売りつけていたという讒言説、③秀吉の朝鮮出兵に反対し政治的に対立した説、④秀吉が利休の娘を側室に求めたが拒否された説、⑤堺の貿易利権をめぐる石田三成らとの対立説。辞世の句は「人生七十 力囲希咄 吾這宝剣 祖仏共殺」。利休の首は一条戻橋で木像に踏ませる形で晒されたという。
豊臣秀吉
太閤・天下人
創建時 29歳
›
天正19年(1591年)、豊臣秀吉の命により千利休が自刃した際、その墓所が聚光院に設けられた。利休はかねてより当院を菩提寺と定めていたが、秀吉との不和の末に死を命じられたことで、以後聚光院は利休を弔う三千家の菩提寺として茶道界の精神的拠点となった。
みんなの投稿
1
+
D
Danila Galperovich
2026/7/17
The temple of Sen no Rikyu family
3
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
参拝案内
参拝時間
通常非公開。特別公開期間(春季・秋季)のみ拝観可能。特別拝観時間は10:00〜15:30。
拝観料
特別拝観料800円(小学生以下無料)。
2026-07-17時点の情報です。変更される場合があります。
あわせて巡りたい
大徳寺
一休・利休ゆかりの禅の聖地・24の塔頭が連なる枯山水の宝庫
64m
→
黄
黄梅院
信長が父の菩提に1562年建立した大徳寺塔頭、千利休作庭の直中庭と小早川隆景ゆかりの名刹
256m
→
鹿苑寺(金閣寺)
足利義満が北山文化を体現した金箔の楼閣・世界遺産
1.6km
→
北野天満宮
菅原道真を祀る全国天満宮の総本社・秀吉が北野大茶湯を催した学問の神
1.7km
→
大仙院
一休・沢庵も住した大徳寺塔頭、国宝方丈と狩野元信の障壁画を持つ枯山水の最高傑作
86m
→
芳
芳春院
前田まつが1608年に加賀前田家の菩提寺として建立した大徳寺塔頭、金閣・銀閣と並ぶ京の四閣「呑湖閣」を擁する
122m
→
高桐院
細川忠興が1602年に創建し利休七哲の茶の湯の精神が息づく大徳寺塔頭、ガラシャと共に眠る苔の庭と楓のトンネル
218m
→
龍
龍源院
1504年創建・大徳寺最古の塔頭、秀吉と家康が対局した碁盤と日本最小の石庭「滹沱底」を伝える
227m
→
記
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
›
事実と違う内容を報告
›
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
アプリで見る
+
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る
✕