安政2年(1855)、大老井伊直弼の治世に山村一心が成田山新勝寺の不動明王を模刻して信仰を始めたことに端を発する。信奉者が増加し、文久元年(1861)に洲崎辨天境内に堂宇を建立。明治2年(1869)の神仏分離令により北品川宿へ移設、明治18年(1885)に現在地に堂宇を建設して移転した。弘道僧正の代に正式な寺号を許可され「豊盛山延命院一心寺」と号した。旧東海道品川宿に近い立地から、旅人や宿場の人々の延命・商売繁盛の祈願所として栄えた。昭和61年(1986)には東海道七福神の寿老人(長寿・知恵の神)に指定され、七福神めぐりの人気スポットとなっている。江戸三十三観音霊場30番札所にも列せられ、真言…