崇神天皇の御代、四道将軍の大毘古命と建沼河別命(父子)が北陸・東海に派遣され、会津で相会った際に伊弉諾・伊弉冉の二神を奉斎したのが草創と伝わる。社地は御鏡岳(天津嶽)→博士山→明神ヶ岳と遷り、欽明天皇21年(560年)に現在地「高田東原」へ定まった。843年(承和10年)に初めて官社として従五位下の神階を授かり、延長5年(927年)成立の『延喜式』には名神大社として記載された。中世には陸奥国二宮として領主の崇敬を集め、近世には保科正之の神社改革(1667年)で仏教的要素が排され純粋な神社形態に整えられた。明治6年(1873年)に国幣中社に列格。2008年10月、失火により本殿・幣殿・拝殿が全焼…