社伝によれば崇神天皇の御代に出雲大社から勧請されたと伝わる武蔵国の古社で、主祭神は須佐之男命の御妃・奇稲田姫命を祀る。武蔵一宮氷川神社(男体社)・中山神社(中氷川社)とともに「三氷川」を形成し、須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命の親子神を奉じる三社一体の信仰圏を成した。かつて境内南方には見沼が広がり、毎年「御船祭」と呼ばれる水上祭祀が営まれていたが、享保年間の干拓後は磐船祭として形を変えて継承された。天正19年(1591年)には徳川家康から社領50石を寄進され、近世には武蔵国の一宮として広く崇敬を集めた。