建保6年(1218年)、薩摩・大隅・日向三国の守護に任じられた島津氏の始祖・島津忠久が、花尾山の麓に社殿を建てて源頼朝の像を祀ったのが創建と伝わる。祭神は源頼朝・丹後局・僧永金。社伝では、忠久は頼朝と丹後局の子であり、丹後局が北条政子の嫉妬を逃れて鎌倉を離れ、西へ向かう道中で忠久を産んだと伝えられているが、これは島津氏の権威づけのために形成された伝承とみる見方もある。日光東照宮を思わせる絢爛な社殿から「薩摩日光」の異名を持つ。毎年9月23日の例祭では花尾太鼓踊りが奉納され、近隣から多くの参拝者を集める。