近江国浅井郡治田郷から員弁郡へ移住した治田連・鴨県主の両氏族が、その共通の祖神である彦坐命を祀ったことに始まると伝わる。境内からは石器が出土しており、古い集落の地であったことをうかがわせる。創建年代は明らかでないが、延長5年(927年)成立の延喜式神名帳に「賀毛神社」として記載され、伊勢国員弁郡の式内小社に列した。中世までは員弁郡一宮として六ヶ村の総宮に崇められた。天正年間(1573〜1593年)、織田信長の北勢攻めにより社殿・古記録がすべて焼失したが、元和元年(1615年)に桑名藩初代藩主・本多忠勝が社殿を改修し祀典を復旧した。境内には寛政3年(1791年)奉納の手水鉢が残り、秋には大銀杏の…