伏見城
伏見城
京都府
秀吉が晩年を過ごし没した桃山文化の城—関ヶ原前夜、鳥居元忠が10日籠城の末に討死し「血天井」の伝説を残す
種別
参拝済
行きたい
アクセス
JR奈良線「桃山」駅から徒歩約15分(近鉄京都線・京阪本線「丹波橋」駅からは東へ徒歩約20分)
京都府
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基本情報
概要
伏見城(ふしみじょう)は、現在の京都市伏見区の桃山丘陵にあった日本の城で、豊臣秀吉が晩年の隠居所として文禄元年(1592年)に築城を開始した。指月・木幡山の2度にわたって築かれ、秀吉はここで生涯を閉じた。関ヶ原の戦いの前哨戦では徳川方の鳥居元忠が籠城の末に討死し、その後徳川家康が再建して征夷大将軍宣下の場として用いた。桃山文化の名を今に伝える城跡である。
由緒
文禄元年(1592年)、豊臣秀吉が隠居所として指月の地に築城を開始し、文禄3年(1594年)に完成して移り住んだ。慶長元年(1596年)の慶長伏見地震で天守が倒壊したため、木幡山に新たに築城し直し、慶長2年(1597年)に完成。秀吉はここで晩年を過ごし、翌慶長3年(1598年)8月18日にこの城で没した。慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いに先立ち、家康の重臣・鳥居元忠がわずかな手勢で籠城し、石田三成方の攻撃を10日間耐えた末に討死、城は落城・焼失した。家康は慶長6年(1601年)に入城して再建を進め、慶長8年(1603年)にはこの城で征夷大将軍の宣下を受けた。以後、徳川3代(家康・秀忠・家光…
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