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大野城跡(四王寺山)
福岡県
白村江の敗戦を機に防人が守った、四王寺山系の古代山城跡
創建
663 年
種別
史跡
参拝済
行きたい
アクセス
JR水城駅または大野城駅から登山口まで徒歩20分
福岡県大野城市乙金東3丁目(四王寺山)
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基本情報
史跡
創建 663
1363年目
概要
大野城跡は、大野城市乙金東など四王寺山一帯に広がる国指定特別史跡で、白村江の戦い(663年)での敗北後、日本防衛のために築かれた古代朝鮮式山城の遺構である。百済滅亡(660年)に伴い倭国へ亡命した百済の技術者の指導のもと665年に築造され、大宰府を守る防人(さきもり)や烽(とぶひ、のろし)の防衛網の一部を担った。大野城市側では乙金地区が登城口の一つとなっており、山中には土塁・石塁・礎石建物跡などの遺構が今も残る。
由緒
7世紀半ば、朝鮮半島では唐と新羅の連合軍が百済を滅ぼし(660年)、倭国は百済復興のため大軍を派遣したが、663年の白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した。この敗戦により、大和朝廷は唐・新羅による本土侵攻を現実の脅威として恐れ、北部九州の防衛体制を急ぎ強化した。664年には博多湾と大宰府の間に水城を築き、665年には大野城・基肄城という二つの古代山城を相次いで完成させた。あわせて対馬・壱岐・筑紫には防人(さきもり)と呼ばれる兵士を配置し、通信網として烽(とぶひ)と呼ばれるのろし台も整備された。大野城市乙金東エリアは、この広大な大野城跡の四王寺山系西側にあたり、山中には往時の土塁・石塁・建物礎石…
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