社伝によれば、斉明天皇7年(661年)、百済救援のため朝倉橘広庭宮に滞在していた斉明天皇の命により、中大兄皇子(後の天智天皇)が国家安泰と武運長久を祈願して宇佐神宮より応神天皇の御霊を勧請し、「朝倉山天降八幡」として創建したと伝わる。その後、天武天皇2年(673年、白鳳元年)、天武天皇の勅命により斉明天皇・天智天皇の二柱を合わせ祀り、「恵蘇八幡三柱大神」と称するようになった。本殿裏には円墳2基があり、朝倉で崩御した斉明天皇の仮の陵墓とする伝承も残る。明治14年(1881年)に郷社に列せられ、現在は朝倉地域の総社氏神として崇敬されている。毎年10月には収穫を祝う恵蘇八幡宮神幸祭が行われ、供奉する…