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秋月城跡
福岡県
桜と紅葉が彩る筑前の小京都、黒田長興の秋月城下
創建
1624 年
種別
史跡
参拝済
行きたい
アクセス
甘木鉄道甘木駅からバス20分
福岡県朝倉市秋月野鳥
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基本情報
史跡
創建 1624
402年目
概要
元和9年(1623年)、福岡藩黒田長政の三男・長興が5万石を分知されて秋月藩を立藩し築いた居城跡。黒門・長屋門が福岡県指定文化財として現存し、春の桜並木と秋の紅葉が「筑前の小京都」と称される城下町の風情を今に伝える。旧城地には垂裕神社が鎮座する。
由緒
中世、秋月氏は古処山城を本拠として筑前北部を支配したが、天正15年(1587年)の豊臣秀吉の九州平定で秋月種実は日向高鍋へ移封され、秋月の地は福岡藩黒田氏の支配下に入った。元和9年(1623年)、黒田長政の三男・長興が5万石を分知されて秋月藩を立藩し、翌寛永元年(1624年)頃に陣屋を構えて黒門・長屋門を築いた。以後12代にわたり黒田氏が治め、城下町は「筑前の小京都」と呼ばれる風情ある街並みを育んだ。明治4年(1871年)の廃藩置県後、建造物の多くは失われたが、黒門と長屋門は昭和36年(1961年)に福岡県指定文化財となり現存する。旧城地に鎮座する垂裕神社は桜・紅葉の名所として参拝者を集める。

関連する歴史的事件
1

1876 年
秋月の乱跡地(秋月城址)
1876年(明治9年)10月、福岡県秋月(現・朝倉市)で起きた士族反乱。廃刀令・秩禄処分に憤激した秋月藩士族が、熊本で勃発した神風連の乱の報を受けて決起した。旧秋月藩士の宮崎車之助・磯淳らを中心とする約400名の士族が挙兵し、久留米・小倉へ進軍しようとしたが、政府軍の前に敗北した。指導者の多くは戦死・捕縛され、宮崎ら主要人物は処刑された。同年には山口県の萩の乱も相次いで起き、この三つの反乱はいずれも失敗に終わったが、不満を持つ士族層の存在と政府への抵抗の機運を示すものとなった。秋月は城下町の景観が良好に保存されており、現在は「九州の小京都」として知られる観光地となっている。旧秋月藩の武家屋敷跡や秋月城の長屋門・黒門などが今も往時の面影を残し、乱の舞台となった土地の歴史を伝えている。
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