中世、秋月氏は古処山城を本拠として筑前北部を支配したが、天正15年(1587年)の豊臣秀吉の九州平定で秋月種実は日向高鍋へ移封され、秋月の地は福岡藩黒田氏の支配下に入った。元和9年(1623年)、黒田長政の三男・長興が5万石を分知されて秋月藩を立藩し、翌寛永元年(1624年)頃に陣屋を構えて黒門・長屋門を築いた。以後12代にわたり黒田氏が治め、城下町は「筑前の小京都」と呼ばれる風情ある街並みを育んだ。明治4年(1871年)の廃藩置県後、建造物の多くは失われたが、黒門と長屋門は昭和36年(1961年)に福岡県指定文化財となり現存する。旧城地に鎮座する垂裕神社は桜・紅葉の名所として参拝者を集める。