天平年間(729–749年)、行基菩薩が開創したと伝わる逗子随一の古刹。山号は黄雲山、通称「逗子大師」として親しまれる高野山真言宗の寺院で、本尊は大日如来(旧本尊は行基自刻の延命地蔵菩薩座像)。鎌倉時代には三浦氏の祈願寺として尊崇され、永正10年(1513年)北条早雲に住吉城を攻められた三浦道香主従七武士が当寺で自害した悲劇の舞台としても知られる。境内には家臣・菊池幸右衛門が建立した七基の宝篋印塔「三浦道香主従七武士の墓」が現存し、戦国期の三浦氏滅亡を今に伝える。三浦氏滅亡後は後北条氏の祈願寺となり、天正19年(1591年)徳川家康より寺領5石の御朱印状を下附された。JR逗子駅から徒歩5分、市街地にありながら1300年の歴史を刻む名刹。
天平年間(729–749年)行基菩薩開創と伝わる。行基が自刻した延命地蔵菩薩座像を安置したことから寺号を「延命寺」と号す。鎌倉時代に三浦氏が堂宇を修補し祈願寺とした。永正10年(1513年)、北条早雲の攻撃で小坪の住吉城が陥落した際、同城を守っていた三浦道寸の弟・三浦道香は主従七武士とともに延命寺へ逃れたが、追撃を受けこの地で自刃した。境内右手の七基の宝篋印塔はその墓所で、家臣・菊池幸右衛門の建立と伝わる。永正13年(1516年)新井城の戦いで三浦氏が滅亡した後は後北条氏の祈願寺となり、天正19年(1591年)11月に徳川家康から寺領5石の御朱印状を下附された。貞享4年(1687年)以降、本尊…