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住友家が1691年に開坑した日本最大級の銅山跡・「東洋のマチュピチュ」と称される産業遺産
JR新居浜駅からバス60分
愛媛県新居浜市立川町
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新居浜市立川町にある別子銅山跡の産業遺跡。元禄4年(1691年)に住友家が開発を開始し、近代まで日本最大級の銅山として繁栄した。標高750メートルの山中に残るレンガ造の産業遺構は「東洋のマチュピチュ」と称され、国の登録有形文化財。日本の近代化を牽引した住友財閥発祥の地。
別子銅山は、元禄4年(1691年)に住友家が伊予国(現・愛媛県新居浜市)の山中で銅鉱床を発見・開坑したことに始まる。開山当初から豊富な銅の産出量を誇り、江戸幕府の重要な財源のひとつとなった。近世を通じて採掘が続けられたが、18世紀後半には当初の山頂付近の鉱脈が次第に枯渇し、採掘坑は山の深部へと移行していった。明治維新後、住友家は近代的な製錬・採掘技術を積極的に導入し、別子銅山は日本の近代化と産業革命を象徴する拠点となった。東平(とうなる)地区は明治30年代から大正期にかけて採掘の中心地として整備され、索道・発電所・事務所・住宅などのインフラが標高750メートルの山中に構築された。昭和48年(1…
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