7世紀、役行者(えんのぎょうじゃ)が石鎚山を開山したと伝わる。のちに寂仙法師も修行の場とし、弘法大師空海も登拝して修行を積んだと伝えられる(空海は著書『三教指帰』に石鎚の峯を記す)。神仏習合の時代には石鈇山蔵王権現として繁栄し、四国八十八ヶ所霊場の前神寺(第64番)・横峰寺(第60番)とも深く結びついた。明治の神仏分離令(1871年)により石鉄神社と改称、後に石鎚神社と改められた。現在は口之宮本社・成就社・土小屋遥拝殿・頂上社の四社で構成され、7月1日から10日のお山開き大祭では御神像が頂上社へ遷座され、白装束の信仰者が最長68mの鉄鎖を用いて登拝する伝統が受け継がれている。