明治44年(1911年)の山形市北大火で初代県庁舎が焼失したことを受け、大正2年(1913年)4月に着工した。工事は山形県の直営で進められ、実務設計と現場監督は東京から招かれた県工師・田原新之助が担い、米沢出身の建築家・中條精一郎は設計顧問として関わった。総工費は当時の県予算の約4分の1にあたる約40万円。大正5年(1916年)6月に完成し、昭和50年まで県庁舎・県会議事堂として使われた。昭和59年(1984年)12月に国の重要文化財に指定され、昭和61年から文化庁の補助を受けて約10年におよぶ保存修理工事を実施、平成7年(1995年)10月に山形県郷土館「文翔館」として開館した。