古河市兵衛が育てた日本最大の銅山と田中正造の公害闘争
わたらせ渓谷鐵道通洞駅から徒歩5分
栃木県日光市足尾町通洞9-2
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古河市兵衛が1877年に経営権を取得し、日本最大の銅山に発展させた近代産業遺産。最盛期には日本の銅産出量の約4割を占めた。トロッコ列車で坑内に入り、江戸時代から昭和にかけての採掘の歴史を体感できる。一方で鉱毒が渡良瀬川流域に深刻な被害をもたらし、田中正造が明治天皇に直訴した「足尾鉱毒事件」は日本の公害問題の原点として知られる。渡良瀬渓谷鉄道通洞駅から徒歩5分でアクセスでき、日光観光とあわせて訪れる観光客も多い。
慶長15年(1610年)に発見され、江戸幕府の直轄地として採掘が始まった。明治10年(1877年)、古河市兵衛が経営権を取得し、西洋技術を導入して産出量を飛躍的に増大させた。しかし精錬による亜硫酸ガスと鉱毒水が渡良瀬川に流入し、下流の農地に壊滅的被害をもたらした。田中正造が1891年に帝国議会で追及、1901年に天皇に直訴を試みた。1973年に閉山、1980年に観光施設として公開。
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