聖地マップ
みんなの投稿
記録
マイページ
‹
夢窓疎石
夢窓疎石
七朝帝師・作庭の禅僧
1275-1351 · 享年 76歳
ま だ 出 会 っ て い ま せ ん
東寺(教王護国寺)を訪れると出会えます
ゆかりの地 34か所
驚
へぇ、と思う三話
其 一
夢窓疎石と天龍寺——足利尊氏の国師と禅庭園の美学
›
夢窓疎石は「夢窓国師」として7代の天皇・上皇・将軍から帰依された室町時代最大の禅僧だった。足利尊氏の帰依を受けて天龍寺(京都)を開山し、後醍醐天皇の菩提を弔うための船として「天龍寺船」(中国貿易)を提案した。また天龍寺庭園・西芳寺(苔寺)など日本庭園の傑作を設計し、禅の精神と自然美を融合させた独自の美学を体現した。
地
夢窓疎石を訪ねる
10 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
瑞泉寺
神奈川県
恵林寺
山梨県
西芳寺(苔寺)
京都府
寺
永保寺
岐阜県
寺
相国寺
京都府
等持院
京都府
寺
虎渓山永保寺・国宝観音堂
岐阜県
清白寺
山梨県
寺
黒羽雲巌寺
栃木県
寺
古長禅寺
山梨県
すべて →
みんなの声
推しへの想い・おすすめ作品・豆知識を語り合おう。
ログインすると投稿できます
深
さらに深く
生
生涯をくわしく
生い立ちから最期まで
建治元年(1275年)伊勢国に生まれ、幼少で出家し天台・真言を学んだ後、禅に転向した。各地を遍歴して修行を重ね、甲斐・鎌倉・京都で多くの禅寺を開いた。後醍醐天皇や足利尊氏など時の権力者から深く帰依され、生前に夢窓・正覚・心宗の三つの国師号を賜り、没後にさらに四つの国師号が追贈されて「七朝帝師」と称された。天龍寺・西芳寺(苔寺)の庭園設計で知られ、禅の精神を庭園に表現する作庭家としても日本文化史に大きな足跡を残した。
人
人物像
権力者と交わりながらも禅の本質を見失わない柔軟な政治感覚と、自然の美を禅の境地に昇華する芸術的感性を併せ持った高僧。南北朝の動乱期に対立する双方から敬われた稀有な存在。
義
歴史的意義
天龍寺・西芳寺の庭園は世界遺産に登録され、日本庭園美の原点として世界的に評価されている。五山文学の発展にも貢献し、室町文化の基礎を築いた。瑞泉寺(鎌倉)など各地に名刹を残す。
記
関連記事 — 1
夢
夢窓疎石と禅庭園——七朝帝師が遺した天龍寺・西芳寺の世界遺産
夢窓疎石(1275-1351)は、南北朝の対立を超えて七代の天皇から「国師」の号を贈られた室町時代最大の禅僧です。天龍寺・西芳寺(苔寺)という二つの世界遺産庭園を設計し、鎌倉の瑞泉寺作庭でも知られます。足利尊氏の外交政策にも深く関与した「庭園と外交の政治的天才」の足跡を、現地で感じましょう。
›
─ 完 ─
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る
✕